SSR【あの日の私を受け止めて】岡崎泰葉・総レビュー!

 

目次

 

はじめに

 

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この記事はSSR【あの日の私を受け止めて】岡崎泰葉のネタバレを大いに含みます

 

ネタバレが(ほぼ)無い記事は別にありますので、よろしければそちらもどうぞ。

hazushirop.hatenablog.com

 

 

 

今年の1月17日にSSR【あの日の私を受け止めて】岡崎泰葉が実装されました。

 

不意を突かれた登場、圧倒的ビジュアルへの動揺、デレステプレイヤーからの反響…

急激に世界が揺さぶられたあの日から数ヵ月が経ち、いい意味でアレコレの興奮が落ち着いてきたところです。

そういったタイミングを機に、改めて全体的な感想記事を書こう!と思い立ちました。

 

SSR【あの日の私を受け止めて】は、ホント怖いほどに「分かる~!!」と思うことだらけだったんですよね。

語るのが無粋とも思えるほどのビジュアルも相まって、「わざわざ文字にしなくてもいいか」とすら思っていたのですが、そろそろまとまった文章にしたくなってきたという感じです。

 

 さっそくですが、今回の記事の流れはこんな感じです。

 

  1. 特訓前全体について + セリフについて
  2. 特訓エピソードの感想
  3. 特訓後について(特訓前と同様)

 

全体の感想とセリフの感想を特訓前後それぞれで書き、それプラス特訓エピソード、という感じですね。

 

今回はいちいち感慨深くなりながら、楽しく記事が書けました。

よければどうぞお付き合いください。

 

1.特訓前

 

特訓前全体について

 

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まずは特訓前全体の感想から。

 

なんといってもビジュアルの力が突き抜けています。

こちらを真っ正面から見つめて、胸に手を当てながら親愛の微笑を浮かべる岡崎泰葉。

さらに夜景という抜群のロケーションと、SR【ワンモアステップ】からお馴染みの逆光。

心と心のやりとりがそこにある…!!と一瞬で理解できる最高のビジュアルだと思います。ホントに。

 

このSSR、場所は長崎の稲佐山らしいですね。長崎は岡崎泰葉の出身地です。

セリフや劇場わいどを読む限り、今回の景色は彼女にとって「懐かしの風景」ではないようです。「初めて見る地元の景色」なわけですね。

 

一枚目のSSRは基本的に「その子らしい姿」が描かれる傾向にありますが、なぜ泰葉のSSRでは「初めて見る地元の景色」をもってきたのでしょうか?

 

もちろん泰葉本人が望んでやって来たという作中の情報はありますが、もうちょっとメタな視点で、なぜSSRにこの非日常の舞台を持ってきたのか、と。

その理由について、私なりの解釈で少し書いてみたいと思います。

(ちょっと長くなりますので、最後に要約も書いておきます。こんがらがったらそれ読んでください。)

 

結論から言うと、今回SSRの舞台にこの長崎が選ばれたのは、岡崎泰葉の「ルーツ」を描くことで岡崎泰葉のテーマを描写しようとしたのでは?と私は推測しています。

(これは特訓後のステージとも合わせた話でもあって、舞台が「ルーツ」であるというのは特訓前後どちらについても言えると考えています。)

 

まず「ルーツ」の方から。

特訓前は岡崎泰葉の生まれ故郷(長崎)という意味でのルーツが描かれています。

そして特訓後は岡崎泰葉が育った芸能界のステージ、あるいはプロデューサー達のいるアイドルの世界、というルーツ。

特訓前後どちらの舞台も、岡崎泰葉という人間の根源に関わる場所ということで共通しています。

 

そしてなぜわざわざSSRでルーツを描写するのかといえば、それは岡崎泰葉というアイドルのテーマである「自分自身を見つけ出すこと」に繋げるためだと私は考えます。

 

岡崎泰葉という人間は、子役として周りの大人たちに適応していくうちに自分自身を見失っていました。

自分はどうしてここにいるのか、自分は何がしたいと思っているのか。どこから来て、どこへ向かおうとしているのか。

岡崎泰葉が初期Rやストーリーコミュで抱えている課題は、大部分がこういったアイデンティティの問いです。

 

そしてそういった自身の課題を解決するのに有効な手段の一つが、「改めて自分を見つめなおす」ということです。

今回のSSRで舞台となっているような「ルーツ」は自身を構成する一部であり、本人も知らない自分自身を見つめる良い材料となるはずです。

 

つまるところ、岡崎泰葉本人が知らない(気づいていない)「ルーツ」に出会わせて、それを自分自身の一部として理解する姿を描きたかったんじゃないか、ということです。

それこそが岡崎泰葉のテーマである「自分自身を見つけ出す」ということであり、SSRで求められる「その子らしい姿」なのかなと。

 

これが私の考える、SSRで長崎という舞台が描写されていた理由です。

実際の意図は定かではありませんので、これらはあくまで推測ということで。よろしくどうぞ。

 

要約

問:なぜSSR特訓前の舞台は長崎の夜景なのか

〇私の解釈

SSRの舞台は岡崎泰葉の「ルーツ」が描写されているのではないか

・ルーツとは自分自身を構成する象徴的なものである

SSRの舞台は、岡崎泰葉のテーマである「自分自身を見つけ出すこと」を意図して選ばれたのではないか。

 

セリフをピックアップ!(特訓前)

 

お次は特訓前のセリフをいくつかピックアップしてコメントしていこうと思います。

 

岡崎泰葉と普通の女の子

 

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岡崎泰葉はよく「普通の女の子」について口にします。

 

これは初期のころからずっと…というか、自分が普通の女の子ではないことは間違いなく彼女にとって自意識の根幹にあるものだと考えられます。

おそらく子どもの時から周りの子と違うことをやっている中で、他の普通の子に対して「ちょっと羨ましい」と思うことが度々あったんだろうなと。

それこそクリスマスやひな祭りなんかはお仕事をしていたと言っていましたし、学校行事なんかにもなかなか参加できなかったんじゃないかと思います。

 

アイドルを始めた頃の岡崎泰葉は、そういった過去の自分をただ「仕方ないもの」としていました。

それはある種の諦めというか、自身の選択や運命を肯定しきれずにいる姿でもありました。

 

しかし、岡崎泰葉はそこからアイドルを続けていくうちに、普通の女の子の幸せとは違うけど、私のやってきたことは間違いじゃなかったんだと思えるようになっていきました。

普通じゃない自分を呪ったり、あるいは取り戻せない過去を嘆くのではなく、芸能界で生きてきた自分を素直に認めてあげられるようになったわけです。

 

私が今回のSSRで思ったのは、岡崎泰葉が地元の景色に会いに来れたこともまた【あの日の私を受け止めて】きた証なのかなと。

生まれ故郷に行くということは、地続きの自分自身(過去)に会いに行くということであり、それらを受け入れられる自分になれたということなんじゃないかな?とか。

 

過去の自分と今の自分が一つになれている、そんな岡崎泰葉の姿がここにあると思える象徴的なセリフたちでした。

 

岡崎泰葉のワガママ

 

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岡崎泰葉って子は基本的に頼られる側になることが多いです。

劇場わいどでもそうですし、そもそも子役時代から頼られることが多かったんだろうなというのが伺えます。

彼女の担当Pとしては、そんな姿を頼もしく思っていたりもします。

 

そして、そんな彼女がこんなワガママを言ってくれるわけですよ!

それも「もし叶うなら」とか「背中を押して」とか、すっごく控えめな表現で。

なんてささやかで愛おしいお願いなんだ…!と思いませんかね?!

 

彼女がこういった言い方になっているのは、そもそも遠慮がちな性格だってのもあるんでしょうけど、単純に「それだけで十分」ということでもあると思うんですよね。

特別何かしてほしいとか、あるいはガッチリそばにいて欲しいとか、そういうことまで約束して欲しいわけじゃない。

 

ただ居てくれるだけでいい、と。

相手に多くを求めないことで、何よりも純粋な親愛を伝えに来てるやつなんですよ!!

 

もうホント、こんな風に遠回しに(重ための)信頼を寄せてくれるのが最高だなと…

絵柄との合わせ技もあって、とてつもない破壊力のあるセリフだと思いました。

 

2.特訓エピソード

 

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特訓エピソードもまた、とてつもなく素晴らしいものでした。

その中からいくつか取り上げて書こうと思います。

 

まず地味なところからいきますが、岡崎泰葉の景色レビューがありましたね。

これは担当P以外だとピンとこないかもしれませんが、岡崎泰葉ってけっこう自分の感じたものをポエミーに実況してくれるタイプなんですよね。(自分の世界を大事にしてるタイプの子はだいたいそうなんじゃないかと思います)

なんてことないシーンかもしれませんが、ちょっとニヤリとしましたね。

 

そしてその景色レビューと同時に、岡崎泰葉は長崎の綺麗な夜景とステージからの景色を重ねてしまいます。

 

彼女自身も苦笑していましたが、岡崎泰葉は疑いようもなく「舞台で生きる人間」なんだなぁと感じました。

舞台で生きることは岡崎泰葉の性(さが)であり、あるいは背負わされた業であり、そして美しいロマンである、と私は思います。

 

そしてそして、この特訓エピソードで一番の見どころ、最後の特訓後が映るシーンです。

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ここで「GOIN’!!!」が流れる演出が憎い!!

 

この曲とセリフから、岡崎泰葉は未来へ向かうんだなと確かに感じました。

 

【あの日の私を受け止めて】、彼女はこの先の「私」をステージで誓います。

過去現在が「アイドル岡崎泰葉」に繋がり、未来への約束が生まれる。

 

彼女と出会った日から、私はこんな時が来るのを待っていた気がします。最高です。

 

3.特訓後

 

特訓後全体について

 

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最後に特訓後の感想です。まずは全体から。

 

特訓後はなんといってもでしょうね。

岡崎泰葉が涙を見せるシーンは、モバマス含めて初です。(後から泣いたというセリフはある)

 

ちなみに余裕のある方はぜひ試していただきたいと思うのですが、このSSRプレミアムカットにすると破壊力がめちゃめちゃに上がるのでオススメです!

目がウルウルするのもそうですし、まばたきした瞬間にパッと涙が散っていくんですよ…

う、美しい!ってなります。

(プレミアムカットにすると、特訓前も風になびいた髪が最高になります。併せてどうぞ。)

 

そして特訓後の衣装(3Dモデルの衣装)は初期R+を基にしているデザインになっていましたね。

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Twitterの岡崎泰葉Pの間では、同じくこのR+を基にしているであろうSR【ワンモアステップ】からの三段進化としてSSRを見る意見が多かった(気がします)。

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ただ私の現在の印象としては、今回のSSRはSR【ワンモアステップ】からの進化というよりは、「初期R+の再解釈」なんじゃないかなと。

 

理由としては、そもそもSR【ワンモアステップ】と今回のSSRは方向性が違うだろうというのがあります。

SR【ワンモアステップ】はどちらかというと「クライマックス」というか、上がり切った先の大舞台だと思うんです。

 

それに対して、今回のSSRは【あの日の私を受け止め】るコンセプトなわけですよ。過去を想起させて、その先を示唆する意図がある。

となれば、ひたすら華やかさや興奮を前面に出していた【ワンモアステップ】から進化させたというのは、ちょっと違和感があると思うんです。

【ワンモアステップ】も含めた全てからの進化だというのはアリだと思うけど。(あるいは単に時系列として並べるだけでも)

 

また、そもそも【あの日の私】に「アイドルになり始めた頃の岡崎泰葉」を当てはめたとき、初期R+のアレンジがしっくりハマるというのもあります。

なんにせよこれも私個人の解釈ですので、一人ひとり気持ちのいい解釈を採用してくださいね!

 

また衣装の話で言うと、今回のSSRでは初期R+にも【ワンモアステップ】にもないモチーフとして「星」が加えられていますね。

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岡崎泰葉で星といえばSR【プラネットスター】です。

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この時の泰葉は、「アイドルとしての自分自身」あるいは「プロデューサーと二人で目指すもの」を星に例えていました。

自分が誰かに見つけてもらえる星になりたい、そして自分とプロデューサーの瞳に同じ星が映っているか、といった感じです。

SSRという機会で、再び岡崎泰葉が「星」と共に在るという事実がとても嬉しかったですね。

 

セリフをピックアップ!(特訓後)

 

特訓前と同様に、いくつかセリフを取り上げていきたいと思います。

 

涙に戸惑う岡崎泰葉

 

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特訓後のセリフでは、涙を流す自分に戸惑う様子が伺えます。

 

ステージ上で同じように涙を流している姿として、私が個人的に印象に残っているのは松尾千鶴のSR【乙女の晴れ舞台】の特訓後です。

千鶴の涙は本人の素直さもあって分かりやすく、純粋にステージの光を見て感動したんだと思っています。ここまで来れたんだ…!という衝撃みたいな。

それに対して今回の岡崎泰葉がどうかというと、彼女の経歴からして千鶴と同じ感情だとは考えにくいです。そもそも【ワンモアステップ】という晴れ舞台もありますしね。

 

じゃあなんで涙が出てきたのかというと、まず「地元の長崎の景色とステージの光が重なって見えた」、というきっかけがあると思うんです。

そしてその結果、子役のころからファンやステージに育てられたことを思い出し、目の前の光の舞台もまた自身の「ルーツ」であるということに気づかされたんじゃないかな?と。

 

どうしようもなく目の前の景色が愛おしく感じられたんじゃないか、そしてその気持ちが涙となって溢れ出したんじゃないか、という解釈です。安心や感謝の涙ですね。

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(ステージに自身のこれまでを見出してるようなセリフの例)

 

また、これは岡崎泰葉がファンと交流するイベントの度に言うことなんですが、彼女は子役時代ファンの存在をあまり認知していなかったらしいんです。

なので、ステージの上で向けられていたカメラの先に人がいることを意識しづらかったとか。

これはSSR特訓後の親愛セリフや、Rの特訓エピソードでも似たことが言われてたりします。

 

そんな経緯もあって、おそらく彼女にとってファンと触れ合うということは、そもそも他のアイドルに比べて喜びが大きいものだと考えられます。

プロ意識の高い彼女がつい涙を流してしまったのには、そういった理由もあるんじゃないのかな?と思いました。

 

芸能界という現実に生きる岡崎泰葉

 

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アイドルが最高の晴れ舞台でハチャメチャにはしゃぐ姿も私は大好きなんですが、こういう岡崎泰葉のような地に足の着いた姿勢も大好きです。

 

というか、先述した通り岡崎泰葉がステージで興奮してる姿はSR【ワンモアステップ】でもうやってしまってるんですよね。だからこそこういった落ち着いたセリフが出てくる、というのはあると思います。

 

これらのセリフからも分かる通り、岡崎泰葉って良くも悪くも芸能界をひとつの現実として見据えているところがあって、初期のころなんかはそれが後ろ向きに発揮されていたりもしました。

華やかな舞台に対する特別意識が比較的少ないというのは、岡崎泰葉のユニークな武器のひとつだなぁと思います。

 

ただ本人にとっての現実、という話になると、前述の「普通の女の子じゃない」というところも含め、単純に岡崎泰葉にとってそもそも「現実≒芸能界」だというのはありそうです。

なので、逆に言うと「一般人の現実」が岡崎泰葉にとって非現実的に見える可能性もだいぶあるわけで。

本来一般的に持っているはずの現実感が持てていない、と考えると、芸能界で地に足ついてる姿も一概に称賛できないというか、子役って罪な存在だな…と思ったりします。

 

まあ岡崎泰葉のそういうところも大好きなんですけどね!!!!

 

おわりに

 

というわけで、以上がSSR【あの日の私を受け止めて】岡崎泰葉の感想になります。

 

実のところ、今回の記事は読める文量に収めようと考えて、多少間引いてるところもあるんですよね。

というか、語ろうと思えばいくらでも語れるところのあるSSRなんですよ。本当にありがたい。

ここまで待った甲斐があった…とまでは言い切れないけど、待つだけのことはあったのかもしれないと思いました。後発の強みが生かされているところはあったんじゃないかと。

 

そしてSSRが出てしまったら、次に泰葉がデレステで出てくれるのいつになっちゃうのかな~みたいなのは、あるっちゃあります。

190人全員のSSRが出た後にどういった展開を持ってくるのか、静かに見守っていきたいです。

 

そんな感じで、読んでくださってありがとうございました。